ゆーまにわリレーブログ

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第205回 準備評価

(*この話はフィクションです。仮に,似たような状況があったとしてもまったくのたまたまです。)

1.面接官サイド

「どうぞ,お入りください」

「失礼します。」

 これで何人目だろうか。面接官は今年で初めてだが,こうも同じような質問,似通った答えを聞くばかりでは誰だって気がめいってしまうだろう。こっちは持病の腰痛を我慢しながら聞いてやってるんだ,少しは面白い話もして欲しい。手元の資料を整理し,顔を上げ,にこやかに笑いかける。感情を押し殺し,自然な表情がつくれるようになったのはいつからだろうか。眼前の青年のひきつった笑顔はそんなことを連想させた。「それでは,これから面接を始めます。事前に提出してもらった履歴書と<準備評価シート>を参考に質問していきます。まず初めにー」

 3年前,就職活動市場に準備評価システムなるものが導入された。既存の面接形式,履歴書と数回の面接では志望者の成長速度を見ることはできない,というのが主な導入経緯だっただろうか。導入して間もないこともあり,自分含め面接官はこのシステムへの理解を深める研修を受けさせられた。元々,個人にICチップを埋め込み,その行動,脳波を記録,分析し潜在ニーズを発見するサービスの技術を流用したものだそうだ。就職活動市場では早くから,より精度の高い人材評価ができる,と導入された。こういった新技術の導入に難を示しやすい業界ではあるのだが,その有用性が他業界で報告されることが増え,とうとう利用することになったらしい。

 成長度は特に新卒採用枠で重要視される項目だ。入社後に役立つスキルなんてほとんどの学生は身につけていないし,身につけることも難しい。そのため,これまでの面接では人柄やコミュニケーション能力を見ることで職場になじめるかどうか,成長ポテンシャルを過去のエピソードから推測し,人材評価を下していた。学生もその辺りはわかっているようで,やれサークルでの対立関係を解消しただの,部活動で練習方法を工夫して大会で成績を残せただのPRをするのである。ただし,これらのエピソードだけでは,どれくらいの期間で,学生が何を考え行動,改善し成長することができたのか,その詳細は分からない。そこで,学生の行動を一定期間のイベントで観測し,分析することで,「成長できるかどうか」だけでなく,「成長度はどうか」を評価できるようになったのだ。イベントはなんでもよかったが,直接面接で行動結果を見ることのできそうな「就職活動(多くは3年生の春から)」が選ばれている。もちろん,個人の行動の詳細を記録して利用するなんて強制できるわけがないのだが,企業はより正確な情報で評価を下すことを望んでいる。学生もそれに合わせざるを得ない,というのが現状だ。7割以上の学生はICチップを埋め込み,また,その個人行動データを販売することでアルバイトの難しい就職活動期間でも収入を得ているそうだ。

「ー以上が,御社を志望した理由です。」

「なるほど。ありがとうございます。準備評価シートでは,我が社への志望動機を2週間前に考え始めたということで。どうしてー」

 このシステムがある限り,現段階で少なくとも就職活動期間の行動について,学生は嘘をつくことができない。分析により行動の理由,記録は全てこちらには伝わっている。この青年の準備評価シートを見ていると,我が社への志望順位はそこまで高くないようだし,他の学生と比べて就職活動を始める時期も遅い。まあ,ナシだよな。

2.学生サイドA

 こんなはずじゃなかった。全部このICチップのせいだ。もう4年生の8月も終わるというのに,未だに内定は一つしかない。0じゃないだけまし?その企業がブラック企業と有名であっても?周りの友人たちの行動を見てなかったわけじゃない。ただ,突然髪を黒くし,身なりを整え,筆記試験に向けた勉強なんか始めているのを,キャラじゃないだろ,と異様にも思っていた。自分なら直前でなんとなかなるだろうと高をくくっていた。自慢じゃないが,性格は明るい方だし,酒の席なら誰とでもすぐ打ち解けられるコミュ力と自信はある。所属していたサークルでも部長を務めたし,交友関係も広い方だ。就職活動ではコミュ力が重要視されるらしい。話のネタもある。就職活動を始めた頃はそれくらいには余裕だと思っていた。

 面接では,こんなことを聞かれた。

「他社の面接で自己PRについて結構突っ込まれたみたいだけど,あんまり変わってないね。なんで?考える時間なかったの?」

「筆記試験の点数があんまりよくないね。準備評価シートを見てると対策時間はほとんどとってないようだけど,特に問題意識はなかったの?」

「業界,企業研究はなんでネットでばかりやっていたの?結構時間も使ってるようだけど。」

最初の雑談時間では好意的だった面接官も,準備評価シートを見始めると皆いぶかしげな顔をしてこんな質問をしてくる。ろくな答えなんてあるわけないだろ。いくらコミュ力に自信があって,印象を良くしようとも過去の行動が記録されている限りそれ以外にアピールできることなんてない。ああ,予めどういうことが面接で聞かれるのか調べておけば。友人と一緒に勉強を始めていれば。こんなことにはならなかったはずだ。

3.学生サイドB

 僕は自分の能力に自身がない。口下手だし,性格もお世辞にも明るいとは言えないと思う。数少ない友人たちが「シュウカツガー」なんて騒ぎ立てるのと同時に,これまで自分の中にあった将来に対するぼんやりとした不安が肥大化したのか,それとも全容が見えてきたのか。とにかく危機感をもって迫ってきたときのことは今でも思い出せる。このままでは,ヤバい。

 このヤバさの原因はなんなのか,何をすれば解決することが出来るのか。3年生の4月からはそんなことを考えながら情報集めをしていた。就活にもスケジュールがあること,何をしていけばいいのか,そのスケジュールにのっとればある程度の成功はできることはこの時知った。成長度とコミュ力は重要?これは本腰をいれないとな。

 それからの僕は就活経験者の先輩や,多くの学生を見届けてきたであろう学生支援課の職員,友人から客観的な評価をもらいつつ,種々の準備をこなしていった。準備すべきことはたくさんあったし,できるだけ効率的に進めていくために一生懸命頭を使った。これまでの自分の人生の中で,ここまで積極的に行動し,人と関わったことがあっただろうか。自分が課題だと思っていたところが改善されていくのを実感したし,長所も見つけることができた。初めは嫌悪感をもっていた面接も,成長した自分の力を試すいい機会になると考えられるようになっていた。

 大学の食堂で就活準備を行っていると,ついつい自分と同じ就活生の話に注意がいってしまう。

「ーそういえば,アイツ就活どうなったか知ってる?ブラックで有名な○○しか内定もらえなかったらしいよ。」

「あー,なんか就活のこと軽めに考えてそうだったもんねー。俺はコミュ力あるし余裕,みたいなこと言ってたし。」

「そこも大事なんだろうけど。ただ,新卒カードと今後の人生で大切になるファーストキャリア考えるとそれだけで余裕,って判断はできんよね。てか,個人的にアイツのノリ結構きつかったから,コミュ力に自信あるってのも疑わしいもんだけど笑」

 もしかしたら僕も同じような道をたどっていたかもしれない。自分の能力に自信はなくとも,それを過大評価したり,人生に対して過度な楽観視をしていたなら。「アイツ」との分岐は危機感を持っていたか否かだろうか。アイスコーヒーを入れたグラスは汗をかいている。もう8月も終わる。そろそろ,卒業論文にも取り組めそうだ。